福建から中国茶業のめざす姿を探る

こんにちは、中国茶ライフスタイル文化協会代表理事のゆえじです。

今回のテーマは「福建の条例から茶業の未来をさぐる」です。

福建省が茶業に関する条例を改定

2021年「福建省茶業発展促進条例(以下、促進条例)」が5月に改定・6月1日より施行されました。

もともと2012年に施行されていた促進条例、当時は中国で初めてとなる茶業に関する条例だったため注目を集めていました。その条例が約10年の歳月を経て改定される、ということでちょっとしたニュースです。

※中国の「条例」は日本でいうところの「法律」と同じ位置付け

「福建省茶業発展促進条例」とは?

この促進条例はもともと2012年3月29日福建省第11期人民代表大会常務委員会第29回会議で採択され、2012年6月1日に施行されていたものです。

この条例が施行された当時、背景にはこんな事情がありました。

✔️福建省にとって茶業はとても大事
▶︎福建省は中国を代表する茶産地。2009年時点では約27万トンを生産
▶︎茶業は生産から販売まで300万人以上がたずさわる巨大産業

✔️しかし2000年代はまだまだ課題も多かった
▶︎茶畑の生産性が全体的に低い
▶︎茶製品の品質が安定していない
▶︎サービス提供体制が整っていない

✔️単に「茶の生産に適している産地」というだけでなく「茶業に強い産地」を目指して政府主導で推進していく必要があった

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促進条例の内容

促進条例は37の条項で成り立っています。概要は以下の通りです。

条例に盛り込まれているポイント

  • 茶業への優遇政策や補助金の提供
  • 研究機関やインフラ、商流の整備、
  • 茶業へのハイテク・IT関連技術の導入
  • 人材育成の強化
  • 有機栽培、低毒性農薬使用の推進(罰則付き)
  • トレーサビリティ体制の構築(罰則付き)

以下、参考までに条例の訳文を載せておきます。

※条例全文の訳ではありません
※各条文の主語は「人民政府」であることが多く、茶農家に向けた条例ではなく、政府機関に向けた条例であることが伺えます

第1条:茶業の健全で持続可能な発展を促進するために、関連する国の法律と規制に従って、本省(福建省)の実際の状況と組み合わせて、これらの規則の制定を行う。

第2条:茶葉生産地内で茶業(茶の栽培、加工、運営、およびそのために提供される関連サービス)に従事する者は、この規則を遵守しなければならない。

第3条:茶産地内の人民政府は茶業発展のリーダーシップを強化する。

第4条:茶産地内の人民政府は茶業の発展計画を策定し、国家経済・社会発展計画に組み込む。その発展計画は環境保全計画と連携する必要がある。

第5条:茶産地内の人民政府は茶業発展のための資金提供をする。

第6条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は茶業発展のための優遇政策を策定する。

第7条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は、茶葉に関する基礎研究への投資を増やす。

第8条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は、新茶品種、新技術、新機械、新農薬、新肥料の開発を進めるための研究機関を設ける

第9条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は、茶葉物流インフラを改善する。

第10条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は、茶葉専門協同組合のサービス能力と管理レベルの向上を促進する。

第11条:茶産地の県レベル以上の地方人民政府は、福建省と台湾の茶業における協力と交流を促進しなければならない。福建省で茶業を営む台湾農家は優遇政策を受けることができる。

(以下、主語は省略しますが基本的に「人民政府は〜」と続きます)

第12条:茶葉生産に関する機械購入に対して補助金を出す。

第13条:茶樹品種資源の保護を進める。特に優れた品種、珍しい品種、希少な品種は保護を強化する。保護地区の認定を得るには地方政府に申請が必要。茶生産地の県レベル以上の地方人民政府の農業・農村行政部門は、茶樹の優れた品種の選定、導入、実証、普及を強化しなければならない。

第14条:福建省の茶の地方食品安全基準(標準)を策定する。茶葉生産企業に対しては、国の基準や地域の基準よりも厳しいお茶の食品安全企業基準を策定することを奨励する。

第15条:生産性を向上させるため、茶園における道路、水利(灌漑)などのインフラ整備を促進する。

第16条:福建省の主要な茶葉品種・製品に関する国家標準策定への関与を促進する。

第17条:情報プラットフォームを改善し、茶葉生産者および事業者が国内外のマーケット開拓・調査するための相談サービスを提供する。

第18条:茶の栽培、加工およびその他の人材育成を強化する。

第19条:茶業界関連の活動の発展を促進するために、さまざまなタイプの協会設立をサポートする。

第20条:より高品質な茶葉生産をするため、科学技術の研究機関を設置する。茶業へのハイテク・IT関連技術の導入には優遇政策を講じ、補助金を出す。

第21条:茶関連企業が資金調達することができるよう、金融機関に対して信用投資など金融商品の開発を奨励する。

第22条:山間部の茶畑の権利者は森林権、抵当権を申請・登記することができる。

第23条:さまざまなタイプの茶文化推進組織の設立、茶文化観光の開発、イベントなどを通じた茶文化の普及、発展を奨励する。

第24条:新たな茶葉ブランド創出、優良農業規範、食品安全管理システム認証、無公害農産物・グリーンフード・有機製品の認証を取得した茶関連企業に奨励金を与える。

第25条:茶葉に関する地理的表示(GI)保護制度の適用、使用、普及を進める。

第26条:茶園の開墾にあたっては自然環境を保護し、土壌浸食を防ぐための措置を講じなければならない。(自然を壊すような過剰な開拓はダメということ)

傾斜が25度以上の急斜面や、深刻な土壌侵食、生態系の脆弱性がある地域での茶園の新規開墾は禁止する。 傾斜が急すぎる茶園は、土壌浸食を避けるために茶葉を森林に戻す必要がある。

第27条:茶園での有機肥料、土壌検査、低毒性農薬などを使用して総合的な害虫駆除技術を促進する。

第28条:茶葉の品質と安全性のトレーサビリティ情報プラットフォームを段階的に構築する。茶葉生産者は茶葉生産記録システムを確立し、生産された茶葉の検査と試験を行う。茶葉の品質と安全性の基準を満たしていない製品を販売してはならない。すべて茶葉生産者は、生産記録を改ざんしてはならない。生産記録は茶葉製品の賞味期限が切れたあと6ヶ月以上保存しなければならない。明確な賞味期限がない場合、保存期間は2年以上とする。

第29条:茶葉の包装は合理的であるべきで、過剰な包装廃棄物の発生を抑えなければならない。完成したお茶の包装とラベル付けは、関連する国の規制に従って実施し、製品名、原産地、生産者、製造日、賞味期限、その他の内容を表示しなければならない。

第30条:茶関連企業と消費者の正当な権利と利益を守るために、茶製品の評価の監督と管理を強化しなければならない。

第31条:茶葉取引所および卸売市場の監督・検査を強化し、便利で質の高いサービスを提供しなければならない。品質と安全基準を満たしていないことが判明した売り手はすぐに販売を停止し、地元政府に報告する必要がある。

第32条:専門機関に茶葉の品質検査を委託する。サンプリング結果は、関連する行政部門が公開する。

第33条:第27条に違反して、毒性や残留性の高い農薬を使用した場合、その使用者および茶葉生産企業、害虫駆除業者、その他関連企業やその従事者に対して5万元または10万元未満の罰金(個人の農薬使用者は千元以上の罰金)を課す。組織的な犯罪の場合は、法律に基づいて刑事責任を問われる。

第34条:第28条に違反して、茶葉生産者や合同組織が茶葉生産記録を付けない場合、記録を改ざんした場合は関連する行政部門から是正を求められる。拒否した場合は拒否し、200元または2,000元未満の罰金を課せられる。

事業規模の大きい茶葉企業が第28条に違反し、警告にも従わない場合は5千元〜5万元の罰金を課す。さらに深刻な場合は経営停止、ライセンス取り消しを命ずる。

第35条:地方人民政府や関連する行政部門の職務怠慢、権力の乱用、汚職は、法律に従って処罰されるものとし、犯罪とみなされる場合は法律に従って刑事責任を問われる。

第36条:この条例に違反する行為は、法令・法規の規定によって罰せられている。

第37条:本条例は2021年6月1日から施行される。

福建省促进茶产业发展条例
http://www.fujian.gov.cn/zwgk/flfg/dfxfg/202108/t20210808_5665539.htm
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2021年改定のポイント

ひとことでいうと、品質や安全性、トレーサビリティ管理体制の罰則規定強化です。たとえば農薬使用規範を違反した場合は最大で10万人民元(約170万円相当)の罰金が課せられることになります。

この規制強は、福建省全体の茶葉品質が向上しているという自信のあらわれといえるでしょう。

福建省の取り組み

茶畑の無害化生産技術の研究開発を継続、農薬を使わない技術支援を目指す

福建省は科学技術委員制度を設け、栽培方法の改善など先進的な技術研究を実践。全国に先駆けて茶園での化学農薬の不使用を提唱し、化学肥料から有機肥料への代替を進めるなど、エコロジーで高品質な茶葉製品の供給を促進しています。

福建省農林大学の廖洪教授は科学技術委員として、武夷山の茶農家にむけて「有機肥料+緑肥※」による茶園の土壌改良を指導しています。 エコロジーな茶葉栽培法により「質」「量」ともに成果がみえはじめているとのこと。

  • 緑肥(りょくひ):草などを青いままで土にすきこんで、栽培植物の肥料とするもの。草ごえ。
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▲茶園の管理を指導する廖宏教授(右から2番目)

トレーサビリティ体制の構築・強化

  • トレーサビリティとは、「その製品がいつ、どこで、だれによって作られたのか」を明らかにすべく、原材料の調達から生産、そして消費または廃棄まで追跡可能な状態にすること。略してトレサビ。

2014年、安渓に全国初の茶葉品質に関する国の研究機関である「国家茶葉品質安全工程技術研究センター(国家茶叶质量安全工程技术研究中心)」が設立されました。同センターではエコグリーンな茶園の開発、茶葉の安全性と品質管理、トレーサビリティ構築・強化などを行なっています。

華茶1018トレサビ

国家农产品质量安全可追溯管理信息平台
http://www.qsst.moa.gov.cn/

華茶1018研究センター

国家茶叶质量安全工程技术研究中心
http://www.teagczx.com/

いかに政府が茶業を重視しているか、というのがよく伝わってきます。

理想と現実の差

さて、ここまで福建省の取り組みをご紹介してきました。ちょっとわかりにくかったかもしれませんが、なんかすごそうですよね(笑)

この促進条例について安渓の茶農家さんに聞いてみたところ、ちょっと違う側面も見えてきました。

※あくまで一農家の個人的な意見として、ご参考までに。

▼促進条例のことを知ってる?
→言われてみれば聞いたことはある。自分の茶業に直接影響があるわけではない。(条例の主語が「人民政府」なので茶農家を対象にした条例ではないので当たり前と言えば当たり前)

▼罰則規定もあるけど?
→罰則のある法律はいくらでもある、でもその法律が活かされているかどうかは別問題。実際に罰せられた事例があるのか知りたい。
(それはたしかに…わたしも知りたい)

▼トレサビの制度には加入している?
→加入していない。現時点で特にそういった通達が来ているわけでもない。それにその認証を受けるには費用がかかる。トレサビ認証を得ることが売り上げに直結するわけではないし、コストになるだけなのであまりやりたくない。

そもそもトレサビが必要なのは複数の茶園や工場を持つ大企業では?うちのような小規模農家は原料の出どころは一つしかない、追跡するのは簡単だ。

厳密にいうと小規模農家でも、原料ロットと製造・出荷の記録がつながるような管理は必要。

これはたとえば「商品に金属片が混入していた」みたいなトラブルがあったときには有効だけど、「商品から基準値以上の農薬が検出された」みたいなトラブルの場合はその農家の茶葉全体がダメになってしまうだけので、厳密なロット管理はあまり意味をなしません。

品質管理=コストです。なんでもかんでも厳密な管理をすればいいというものではなく、その商品に合わせた適正な管理をするのが理想。

わたしが話を聞いた茶農家さんの場合は「商品に金属片が混入する系のトラブルが発生するリスクは低い」と判断しているから厳密なトレサビ管理は不要だと言っているのもわかります。コスト意識が高いというか、現実的ですよね。

ゆえじの雑感

さいごに理想と現実の話をしましたが、政府主導で法整備や茶葉品質の向上に向けた研究開発を進めている、ということ自体は茶業界にとってとてもいい動きですよね。

今はまだ国家や大企業が先導して仕組みづくりをしている段階です。

この動きが小規模農家もふくめ全体に広がっていくのにはまだまだ時間がかかると思いますが、将来的には中国茶全体の品質と安全性は向上していくことになるでしょう。

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